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全学教育システム改革推進本部

知の受容から生産へ

耳塚寛明(人間文化創成科学研究科研究院基幹部門 人間科学系 教授)

 私自身、大学の教養学部時代は、けっしてまじめに学ぶ学生ではなかった。講義も徹底的に選択して受講した。加えて、だれであったのかは忘れてしまったが、1年のときにとった授業の冒頭で、①出席しないで理解しているのが最上、②出席して理解していないのが最悪、③出席して理解するのと、④出席しないで理解しないのは当たり前、と教えた教授があった。非の打ち所がない論だと納得したので実行した。①の最上をつねに目指したが、結果は「当たり前」の学生に終わった。もちろん、④の出席しないで理解しないのほうである。
 ただ1科目だけ「心理学」の授業だけはまじめに聞いた。心理学が好きだったわけでもまじめに聞こうと考えていたわけでもない。K先生の授業は、理論を理論として教えるのではなく、なぜそれが引き出されたのかを実験や調査の過程に即して示してくれた。当然、怪しい理論や覆された理論も登場した。講義は聴くものではなく自分で考える時間であることを知った。概念と方法論というものが存在することを知った。なによりも、知識は神が賜った絶対的真理としてアプリオリにあるのではなく、人間が生産するものであることに気づいた。教えられたはずの心理学知識は忘却の彼方へと去ってしまったが、K先生はこの意味で恩人である。

 そういうわけで、毎年学生たちには、知識を受容する存在から知識を生産する存在へと変身してほしいと訴える。毎回ちゃんと出席をとってほしいと要求してくる学生たちは(今年の授業評価のアンケートにもそう書いた学生がいた)、放っておけば、うぶな頭脳に、教えたことをじつに効率的に吸収してしまう。高等教育人材たるものが知識を疑うことなく受け入れてしまうとすれば、たとえ研究者になるのではないにせよ、この社会の将来は暗い。権力や権威を持った人々、メディアのいいなりになるほかないからである。だから、高等教育の最大のミッションは、専門領域によらず、知識を生産する方法を伝達するところにあると思っている。知の生産方法は同時に知の評価方法でもある。

 学部1年次の学生を主たる対象とした「人間科学論」(2単位)の授業は、このミッションを果たす上でうってつけである。人間科学論は、文教育学部人間社会科学科の学科共通科目であると同時に、社会調査士資格課程の導入科目としても位置づけられている。テキストは主として2冊、『創造の方法学』(高根正昭著、講談社新書)と『社会学研究法・リアリティの捉え方』(今田高俊編、有斐閣アルマ)を使う。いずれも極めつけといっていいほどの良書で、適度に易しくかつ適度に難しい。
 授業方法は、少々変わっている。毎回テキストのどの部分を扱うのかをシラバスで示してある。その部分を学生にはあらかじめ読んでくることを求める。少なくとも、どこがわからないかをわかるところまで読んでくることを求める。授業は3つの部分に分けて進める。

① ワークシートの記入 授業の冒頭約30分。
② キーワードや重要なポイントに関しての確認と説明 約40分。原則として学生を指名して質問する。ワークシートに含まれる内容なので、きちんと読んでくれば解答可能(なはず)である。やや難しい箇所は私が説明を補う。
③ 発展的課題 残りの時間。知識や方法を使って実際に考えるセクション。学生を指名して黒板に答えを書いてもらうこともある。自ら立候補して課題に挑む学生もいる。

 ワークシートは市販のものがないので私が作る。ワークシートは次から構成してある。
  ⇒(ワークシートのサンプル(第2回講義用)を参照)
① Technical Terms 必須概念の確認
② Issues 重要事項の確認
③ Further Study 発展的問題

 ワークシート方式は、知識吸収型学習を強いるように思われるかもしれないが、社会調査法のある部分は知らなければはじまらないので、学習内容に適した方式だと考えている。「自分で考え、知識や概念を実際に適用する」の部分は、Further Studyで補っている。また、事前にワークシートを配付して自宅で勉強してきたいという熱心な学生も毎年わずかだが存在する。そのほうが効率的かもしれないと思うけれども、そうしてしまうとワークシート完成型学習を学生は自宅ですることになるだろう。重要事項を指示されて、テスト問題の穴埋めをするようにテキストに対してしまうだろう。本を自ら読むこと、どこが重要なポイントであるのかを自ら考えながら、整理しつつ読むことのほうが、ずっと生産的であると思う。いまのところまっさらなテキストだけを読んでくるように求めている。ワークシート付きの本はない。

 こうした授業がどんな成果をもたらしているのか。はたして大学教育の質向上に寄与しているのか。それについてははなはだ心許ない。近い将来、大学を取り巻く環境が、教育の成果を目に見える形で示せと、要求を突きつけてくることになるだろう。そのとき、知識や技術の修得度よりも、「知識を受容する存在から知識を生産する存在へと変身」した度合いを測定するテストをぜひ開発して欲しいものだと期待している。

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