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2020年1月22日更新
●サンゴ礁では、造礁性イシサンゴ類が初夏の満月に近い夜に同調的に産卵を行う「一斉産卵」が知られている。
●「一斉産卵」は年ごとに満月からずれる程度が異なっており、産卵タイミングがどのように調節されているのかは不明だった。
●本研究では、環境観測データとサンゴ礁における産卵観察データ、および過去の文献の調査を組み合わせ、「満月の日と産卵日との間のずれ(日数)」に影響する環境要因を統計的に検出する解析系を確立した。
●「海水表面温度」「風速」「日射量」といった環境要因が、満月と産卵日とのずれに関係しており、これらの環境要因はそれぞれ異なる時期に異なる効果を持つことが明らかとなった。
●本研究により、満月に応じたサンゴの産卵日は、複数の環境要因によって微調整されていることが示された。また、サンゴの繁殖行動に環境変動が与える影響を予測するための解析基盤を開発することができた。
造礁性イシサンゴの「一斉産卵」は毎年、初夏の満月に近い夜に起こることから、月齢*1周期に合わせた何らかのシグナルにより引き起こされると考えられていますが、産卵月齢は一定ではなく、毎年少しずつ異なるため、予測が難しいことでも知られています。東北大学大学院生命科学研究科の丸山真一朗助教らと基礎生物学研究所の酒井祐輔研究員、お茶の水女子大学の服田昌之教授らのグループは、ミドリイシ属サンゴの産卵日が毎年満月からどれくらいずれるかが、海水表面温度などの環境要因によって説明できることを発見しました。これは、サンゴが環境変化に応じて産卵時期を微調整するように進化してきた可能性を示唆する重要な報告です。本研究結果は、1月22日付でBiology Letters誌(電子版)に掲載されました。
サンゴ礁をつくる造礁性イシサンゴ類の中には、同じ地域に生息するサンゴ群体が、初夏の満月に近い夜に同調して産卵を行うという特徴的な繁殖行動をとるものが知られており、サンゴの「一斉産卵」と呼ばれています。一斉産卵が最初に報告されたオーストラリアのグレートバリアリーフでは、「世界最大規模の繁殖行動」と呼ばれるように、同種内だけでなく異なるサンゴ種間でも同調した大規模な一斉産卵行動も観察されます。最近では、国内外で一斉産卵を見る夜間のダイビングツアーが組まれるほど、注目を集めています。こうした一斉産卵は、毎年、初夏の満月に近い夜に起こることから、月齢周期に合わせた何らかのシグナルにより引き起こされると考えられていますが、満月などを基にした基準日の数日後だったり前だったりと一定せず、毎年異なるずれ方を見せるため、予測が難しいことでも知られています。
一斉産卵を行う種では、水中に放出された精子と卵が、他の個体の卵あるいは精子と受精することで繁殖が成功します。雌雄同体の種であっても同一個体の精子と卵では受精が起こらないため、他の個体と同じ日に、同調的に産卵することは、繁殖の成功率を高める上でも非常に重要です。そのため、満月から毎年異なるずれ方を見せるにも関わらず同調性は失われない産卵行動は「一斉産卵の謎」の一つとされ、多くの研究者の興味を引いてきました。産卵日を決定する環境要因については、地域ごとにいくつかの報告例はあるものの、南北半球に渡る広い地域で定量的に解析した例はなく、一見不規則にみえる満月からのサンゴの産卵日のずれがどのような要因によって制御されているのかは謎のままでした。
この問題に統計学的なデータ解析からアプローチするため、丸山らはミドリイシサンゴ類(図1)を対象として、気象衛星によるグローバルな環境観測データと現地での産卵観察、および文献資料調査を組み合わせて、サンゴの産卵日と周辺の環境変化の関係に着目し、産卵日と満月日とのずれを説明できる環境要因の解析系を確立しました。
本研究では、日本とオーストラリアの複数のサンゴ礁におけるミドリイシ属(Acropora spp.)の複数年に渡る産卵日を現地調査により観察(図1)、あるいは過去の文献を調査することでデータとしてまとめ、各年で最初に産卵が観察された日と、その月の満月に当たる日とのずれを算出しました。また、各サンゴ礁において産卵日決定に関わる可能性のある環境要因として、海水表面温度、風速、降雨量、日射量を気象衛星データから取得し、産卵のあった満月の日から遡って約4ヶ月分(4月周期分)について30日を1区画とするデータとしてまとめました。これらの各環境要因がどの程度「産卵日と満月日とのずれ」をうまく説明できるかを、統計モデルを構築して解析しました。その結果、満月から90日前までの海水表面温度、満月から60日前までの風速、そして90日前から120日前までの区画の日射量を、「産卵と満月の年ごとのずれ」を説明する環境要因として同定することに成功しました。
サンゴが一斉産卵日を決定するメカニズムや環境要因との因果関係はまだ不明ですが、今回の成果により、一斉産卵が起こる仕組みを解明する糸口が見つかりました。産卵前の海水表面温度や日射量が高いほど産卵日が早まる(満月とのずれが小さくなる)ことから(図2)、海水温が高まることによりサンゴの生殖器官の成長が促進され、産卵日の早期化につながると考えられます。日射量の増大は、サンゴに共生している褐虫藻の光合成能力にも影響を与える可能性があります。また、風速が高い(風が強い)と波が高くなり、精子や卵が拡散して受精に失敗したり、波による物理的なダメージを受けてしまう可能性があります。そのため、波の高い時期を避けるような産卵パターンが進化した結果、風速が高いほど産卵日が遅くなる傾向が見られるようになったのかもしれません。
今後は、こうした実験的に検証可能な仮説を一つ一つ調べていくことで、サンゴの一斉産卵の謎が解明されることが期待されます。さらに、将来の環境変動がサンゴの産卵行動にどのような影響をもたらすのかを評価するための基礎的な解析技術としても重要だと考えられます。
本研究は、JSPS科学研究費助成事業の支援を受けて行われました。
図1.ウスエダミドリイシ(Acropora tenuis)の産卵の様子。撮影:服田昌之。
図2. 今回の研究で同定された「産卵日と満月日とのずれ(日数)」と環境要因との関係。
(a)満月から30日前までの平均海水表面温度は、満月からのずれをよく説明できる。(b)各時間区画において、異なる環境要因が産卵日の満月からのずれをよく説明する因子として検出された。「水温」は海水表面温度を示す(論文中図より改変)。
*1 月齢
新月を基準にして何日経過したかを表す数字。月の満ち欠けの状態におよそ対応しており、目安として使われる。
題目:Environmental factors explain spawning day deviation from full moon in the scleractinian coral Acropora
著者:Yusuke Sakai, Masayuki Hatta, Seishiro Furukawa, Masakado Kawata, Naoto Ueno, Shinichiro Maruyama
雑誌:Biology Letters
DOI:https://royalsocietypublishing.org/doi/10.1098/rsbl.2019.0760